「異聞・戦国録」第四話.戦機 半Be先生作

1561年2月。武蔵国にある小高い山の中腹である一軍が兵を休めている。その数およそ三千。その場所より少し離れた場所のやや見晴らしのよい場所で、遥か遠くある城を眺めながら三人武将達が話をしている。
「ここまでの進軍は他に邪魔もされず順調だったな。」
その中で一番身分の高そうな将が言った。
「はい。このあたりは同盟国である北条家の勢力が大きく、当家に手出しするものはおりますまい。」
傍らに居た武将がそう続いた。すると、もう一方の未だ若さの残った武者が言った。
「叔父上。ここで兵達を休めた後は、一気にかの城へ攻めるのでございましょう?」
「うむ。城内の敵は1500ほどと聞く。更に我が軍には北条家からの援軍が来る故、万が一にも負けはすまいと思うのだがなあ。。。」
「叔父上のお手並み拝見いたしましょうぞ。」
そう言うと若い武者はやや皮肉めいた笑顔を見せた。その顔を見ながら叔父と呼ばれていた将が答えた。
「兄者から預かっている大切な兵。くれぐれも勝手な行動は慎んで下され。」
「わかっており申す。当家の軍律は厳しいゆえ、采配には従い申す。」
そう言いながら、若い武者はその場を離れていった。その姿を目で追いながらもう一方の将が言った。
「義信殿はどうも最近殿の事をあまりよく思っておらぬ御様子。まあ、それを察して此度の総大将は信繁殿になされたのでありましょうが。。。」
「うむ。義元公が尾張のうつけ…いや、織田信長に討たれて以来、兄者の今川家に対する反応が過敏になって
きたからのう。義信殿としても複雑だろうて。 昌豊。お主は義信殿を援護せよ。何かあったら一大事じゃ。」
「かしこまってござる。」
そうやりとりをしていたのは、武田信玄の実弟・武田信繁と信玄の家臣・内藤昌豊であり、この場から立ち去った武者は信玄の長子・義信であった。そんなところへやや足を引きながら老将が姿をあらわした。
「御二方ともここにおいででござったか。」
その声に信繁が反応する。
「おお。勘助殿、早速だが此度の戦、我が軍にとってどうかな??」
声の主は武田家の軍師として名高い山本勘助である。
「はい。これから攻める忍城には兵は1500余りしか居らず、これらを率いる武将もさほど恐るるに及びませぬ。が…。」
「が…!?」
昌豊が尋ねた。それに勘助が答える。
「ん。どうやら上杉勢は上総の姫武者に助けを求めたようじゃ。」
「上総介おめぐ殿か…。まあ、此方としては謙信さえ出てこねば我方の優勢は保たれるであろう。」
昌豊はやや肩の力を抜いてそう言った。それに信繁が続く
「そうだな。かの国の国力では十分な援軍も出せぬであろうしな。」
それに勘助がやや反論する。
「信繁殿、その上総の国力なのですが、あの姫武者かなりの辣腕ぶりでみるみる領地を豊かにしていると聞き申す。更に下総との国境付近に城をも築き上げているとのこと。油断はなりませぬ。」
「なるほど。心得ておこう。となると問題は援軍の数か。。。」
「御意。」
その後、3人はしばらくその場から見える景色を眺めると、それぞれの部隊へと戻っていった。

いよいよ、武田家の進撃が始まるのである。

一方、武田家の目標とされている上杉家臣・成田長泰が城主を務める忍城では、城に詰めている成田氏長・太田資正に指示を出し、着々と戦の支度が進められていた。広間では3人が軍議を開いている。
「武田勢が迫る頃、上総介おめぐ殿も駆けつけるはずじゃ。」
そう話す長泰に資正が切り返す。
「しかし、問題はその援軍の数じゃ、武田勢は3000と聞く。この城の兵力は1200。この城の兵力と同等の援軍が来ねばとても太刀打ちできぬ。」
それに氏長も続く。
「それにしても謙信公は何故本国からの援軍を出されぬのじゃ。」
「此度は援軍を出しても間に合わぬからであろう。しかし、それでは城の兵達の士気にも関わる。」
そう資正が話す。
「どうであれ、われ等はこの城を守らねばならぬ。敵の総大将は武田信繁と聞く。心せよ。」
その時である。
「長泰さま!西より武田の兵およそ3000が一気に城に攻めてまいりました!」
「時を同じくして南西より北条家臣・上田憲定の兵400が此方へ向かってきておるとの事!!」
それに太田資正が答える。
「うむ!!」
そして長泰の方を見る。長泰は二人を見て声をあげた
「皆の者!全力を挙げて武田勢を追い返そうぞ!!」
「おぉっ!!」
資正、氏長はそれぞれの持ち場へと早足で去っていった。広間に独り残った長泰は少しの間氏長の言ったこと思い起こしていた。
『確かに増援が間に合わぬとはいえ、本国からの援軍を出されぬとは。。。謙信公の本心はどうなのじゃ。。。』
そしてふと我に返ると、長泰も広間を出て行った。

城の本丸より長泰が表の状況を窺っていると、段々と武田・北条の軍旗もはっきりと見えるようになってきた。
その勢いと兵数を見て長泰がやや怯んだ時であった。
「長泰様!東の方より騎馬の一軍が向かってきます!!」
と、背のほうで声がした。
「なっ、何じゃと!!この忍城を攻めるに更なる増援か!!」
悲鳴にも近い声をあげながら、長泰はその方へ向かった。確かに騎馬の大軍が此方へ向かってくる。その数およそ1000余。長泰の周りにいた兵は驚愕していた。しかし、その軍勢が近付いてくるにつれて長泰の表情が変わっていった。
「紺地に赤の撫子の軍旗!あれは間違いなく上総介家の軍旗!!あれは敵ではない!援軍じゃああ!!」
その声につられ本丸の兵たちも一斉に声を高くして叫んだ。
「おおお!援軍じゃあ!!上総から援軍が来たぞおおお!!」
武田勢に怯んでいた忍城の兵達は一気に高揚したのであった。

反対に、驚きの念を隠しきれなかったのが武田家の諸将である。
「なに!上総介軍じゃと!!このように早くこの地へ辿り着いたと申すのか!!」
武田義信が言う。内藤昌豊も続く、
「ま、まさか。。。いや、確かにあの軍旗は上総介家のもの。」
「しかも、その数は1000近く居る。これは思わぬ大戦となり申したな。信繁殿。」
勘助がそう言うと、信繁は、
「上田憲定へ伝令!上総介おめぐの軍を食い止めろ。」
と声をあげた。
「はっ!!」
伝令の武者はすぐさま上田軍へと向かった。勘助がいう。
「憲定殿ではかの軍を足止めするに役不足かと。。。」
それに信繁が答える。
「解っておる。じゃが、時間稼ぎにはなろう。その間にわれ等は忍城に喰らい付き、城を落とす!」
「そうですな。それしか良い方法がございませぬ。」
昌豊も同意する。そのさなか、義信だけが異を唱えた、
「叔父上、どうかこの義信の部隊を上総介軍へ向かわせてくだされ!必ず足止めして見せまする!」
それを聞き信繁は甥を睨むと言った。
「ならぬ!我等は全軍を以って城を攻める!よいですな。義信殿。」
その威圧に義信も従うしかなかった。

話は十日ほど前に戻る、武田軍の進軍により忍城からの援軍要請を受けたおめぐは市原の築城を行っている荒城田半兵衛・潟上条星・ヨハンセバスチャンを除いた諸将を集めてすぐに軍議を開いた。この時とばかりに元気がよいのが、木枯紋次郎と宮本雅である。木枯紋次郎が発言する。
「此度の援軍、是非ともこの木枯紋次郎に命じてくだされ!」
雅も負けじと言う。
「いや。この雅めに申し付けくだされ!」
「・・・・・・・・・。」
おめぐは黙って目を瞑っている。
「お館様!」
紋次郎と雅は揃ってそう叫んだが、返事はない。しばらくしておめぐは目を開き言った。
「紋次郎!雅!」
「はっ!」
それを聞いて二人は目を輝かせながら答える。
「二人とも、上総の街道整備の任についておったな。どうじゃ、全て完了したか??」
「………。」
「ゔ…。」
二人はそう尋ねられて声が詰まった。
「まだじゃな。誰がやってももう終わっているなどということはないが。。。他の皆もそれぞれ上総安房の領地の発展に力を入れてもらっておるのは私も承知している。だから、此度の戦はこのおめぐが出向くことにする。」
「!!!」
その返答にその場に居た全ての者が唖然とした。兜太郎丸が言う。
「いやいや。お館様。それはなりませぬぞ。万が一その御身に何かあったときはどうすればよいのです。」
太田に宝が続く。
「左様。それこそ上総の発展などとは言っておれなくなりまする。」
「いや、もう決めたこと。皆にはそれぞれこれまで通り領地の発展に身を費やしてもらう。大事無い、此度はただの援軍。武田の兵を追い返すことにのみ専念するつもりじゃ。」
皆はただ黙っている。おめぐの『決めたこと』が出たら並の事ではおめぐの意思を動かすことが出来ないことを皆知っているのである。おめぐは続ける。
「では、紋次郎、雅。」
「はっ!」
「二人は選りすぐりの兵を1000ほどかき集めてくれ。」
「は、はい!!」
「太郎丸。」
「ははぁ。」
「そなたは馬を1000じゃ。そして宝。」
「はい。」
「お前は火縄を1000。すぐに集めよ。」
「???」
「どうした?宝。」
「はい。お館様は兵を1000お連れになるのでありましょう?何故鉄砲も1000必要なのかと…。」
「宝よ。私は此度の戦でアレを試そうと思っておる。」
「!!!」
その場に居る諸将はおめぐの言わんとしていることをすぐに察した。
「ふふふ。。。そう。あれじゃ。」
「分かり申した。すぐに。」
こうして、軍議はおわり、おめぐは騎馬兵1000余りを率いて久留里を出発していったのである。途中落成間近の市原に立ち寄った折も、条星・半兵衛・セバスチャンの反対が当然の如くあったのだが、無論聞き入れられることはなかったのでる。

そして、騎馬隊ならではの速攻の妙技を見せ、此処に至るのである。
忍城を目前にしたところで、おめぐの傍らに馬を走らせていた武者が言った。
「殿。前方左より我が軍に向かってくる一団があります。どうやら北条軍のようですが。。。」
「うむ。あやつ等は我が軍を足止めする気のようじゃ。」
横目で、武田本隊の動きを確認しながらおめぐは言った。
「よし。では早速例の策によりあの北条軍と対峙する。進めぇー!!」
その掛け声と共に、おめぐ軍はやや速度を落としながら、上田憲定軍へと突進を始めた。

「憲定様、上総介軍が我が方へ向かってきます。いかがなさいますか??」
おめぐ軍の動きを見て、上田憲定の家来が言った。
「ふん。此方もあの軍の足止めをするつもりだったのだ。全軍、槍を突き立て前進じゃあ!あの小娘の騎馬軍団に槍を突き立ててやれ!!」
「おおお!!」
上田軍も前進を開始した。
やがて、上田軍におめぐ軍が突撃するのに僅かな距離になった時である。上田憲定はこれまでに無い最悪の事態に遭遇するのである。
「それー!突っ込めー!敵はもうすぐそこじゃあ!!」
その時、更に進撃速度を落としたおめぐ軍が横に広がったかと思うと、騎馬武者が一斉に鉄砲を構えそれを発射した。
『ドドドドドド!!!!!』
大地をも引き裂こうかと思われるその音がした瞬間、憲定軍の前衛はほぼ壊滅的な打撃を受けてしまったのである。玉の雨を幸運にも潜り抜けた兵達は何が起こったのかも把握できず、ただただ悪戯に暴れた。
「こっ、これっ!慌てるでない!慌てるでないぞ!!」
憲定は必死に部隊を収拾しようとしたが、散々なありさまであった。

一方、その頃忍城でも激しい攻防が繰り広げられていた、城方の上杉勢は城門近寄る武田勢に矢の雨を降らし必死に防戦している。そんな最中、おめぐ軍による轟音が響いたのである。その音に最強を誇る武田騎馬軍団の馬たちも恐れ嘶き、一瞬の隙が出来た。そこへ櫓を守る太田資正隊からの矢が襲い、此方も苦戦を強いられることとなった。
「昌豊、今のは何じゃ!?」
武田義信が言う。
「は。今のは鉄砲でありましょう。上総介軍は鉄砲を携えていたらしくあります。」
「しかし、さっき見た折は騎馬隊であったではないか!」
「伏兵でも居たのでしょうか??」
「えーい!我が部隊は上総介おめぐの軍へ向かう!よいな!」
「いけませぬ!!信繁殿の命に反するのですか?!」
「黙れ昌豊!我が部隊は上総介軍へ向かう!!」
そう言うと義信隊は城から離れていった。それを見て怒りを露にしたのが今回の武田軍の大将・武田信繁である。
「義信めが。勝手な真似を!」
その信繁に山本勘助が話す。
「しかし、まもなく城門は破壊され、城を攻めることが上を成しまする。城内に突入できるようになってから義信様の援護に向かわれても宜しいかと存じます。」
「…わかった。」
その会話の数刻後、ついに忍城の門が破壊された。
忍城の門が破壊されたのとほぼ同じ時、混乱の境地にあった上田憲定の軍に更なる悲劇が襲った。鉄砲を撃ち終えたおめぐの軍が、今度は本当に騎馬軍団として突撃を開始したのである。この突撃で憲定の部隊は壊滅状態となり、上田軍は憲定をはじめ、散り散りになって戦場を離脱していった。
しかし、おめぐ軍には休むまもなく次の敵が向かってきた。武田義信である。おめぐはこの部隊も自軍に引き寄せ鉄砲を放ち、その後に突撃するというやり方で撃破し、義信を退散させた。ただ、今回は義信の率いていた兵の人数も多く、およそ200人が死傷した。
おめぐは一段落し、忍城の様子を窺った。城内から煙が上がってるのも見え、敵が城内に突入したことも見て取れた。城内では城方の思わぬ奮闘振りに武田軍もかなり疲弊していた。が、城方の成田氏長は武田信繁に捕らえられ、武田軍では内藤昌豊が門破壊時の兵の痛手が大きく退却を余儀なくされていた。
そこへ、二つの部隊を撃破したおめぐの軍がやってきたのである。城内に姿をあらわしたおめぐの軍の姿を見て武田信繁は義信の敗北、更には今回の戦の敗北を確信し、退却を決めた。
「勘助!退却じゃ!!」
「こうなってはいた仕方ありますまい。無念ではありますが、義信様の事も気にかかります故。。。」
そう話していると武田軍に退却の法螺が鳴り響き、武田軍は去っていった。城方の太田資正・成田長泰は追撃しようとしたが、殿軍を勤めた山本勘助に逆檄をこうむる形となり追撃したのにもかかわらず兵を失ってしまった。
「え~い。曲者めが。。。」
そう苦虫を噛みながら、二人は武田軍をついには逃がしてしまった。
「だが、勝ちは勝ちじゃ。勝鬨の声を!!」
「おおお!!」
その声は、やや傾きかけている忍城一帯に響き渡った。

上総介おめぐは忍城城主・成田長泰に手厚くもてなされた後、久留里へと凱旋した。この日、上総には珍しく雪がちらつき、寒い一日となった。
「天も、此度の戦で命を落とした者のために泣いてくださるか…。」
そう思いながらの凱旋であった。

一方、やや吹雪気味の中を行軍する一軍があった。武田信繁率いる軍である。幸いにも名だたる武将に死傷者は出ず、生き残った兵たちと共に帰途を急ぐのである。これからの戦後処理を思う四人には、ただただ身にも心にも突き刺すような痛みを覚える北風であった。



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