「異聞・戦国録-外伝-」EPISODE・壱-3 半Be先生作

 翌四月十一日朝。太田康資の元に第三の使者が辿り着いた。
「も、申し上げます!!」
康資は不敵な笑みを浮かべながら使者に尋ねる。
「大儀であったな。で、此度の報は、帰砦の要請か?反乱鎮圧の報か?」
これを聞き、使者はビクリと身を硬直させた。
「どうした?何を緊張しておる?んんー?」
「は…。はい…。わ、我軍は反乱勢の撃退に成功。帰砦の、ひ、必要なし…。」
その同様振りを見て目を閉じ、康資は傍らに立っている男に尋ねた。
「で、小三太。おぬしが見てきた蘇我砦はどうであった?」
「はい。蘇我砦は未だ反乱勢の包囲下にあり。我隊の到着を待っておられます。」
「!!!!」
その話を聞き、使者は顔を康資の方にあげた。が、その男の記憶と時間はそこで止まった。
「小三太!この者の首と、前の二人の首、合わせて敵の本陣に届けてまいれ!」
「ははっ。」
「全軍、強行軍で蘇我砦へ向かうぞ!」
「おー!!」
その合図と共に、康資率いる北条軍は本格的に蘇我砦を目指すのであった。

 同じ日、蘇我砦においては大きな戦も無く、たまに両軍からの罵声が聞こえる程度に留まっていた。北条勢は本隊の到着を待つという本格的な篭城戦に方針を変え、反乱勢も特に命令がされることなく戦局は硬直状態にあった。その日、半兵衛はやはり本陣を訪れて早期砦攻撃を説得するつもりでいたが、その日は本陣で門前払いを受けてしまい、失意と無為の一日を過ごさなくてはならなかったのである。
『本隊が到着するのは、明後日午後…。それまでに…。』

 四月十二日。自体は意外な方向へ急転した。紋次郎、半兵衛ら、反乱勢各隊の長達が本陣に召集されたのである。長達は本陣に入ると愕然とした。中には浜野国綱居り、その前に三つの首が並んでいる。首だけではあるが、二つの顔にはかなりの拷問の痕が見られ、もう一つの首は上目遣いに宙を見上げているままである。半兵衛と紋次郎は目を閉じた。そんな中、国綱は重い口調で話した。 「今朝方、近所の農民が届けに来た・・・。策は失敗した。恐らく、もう2、3日で本隊が舞い戻ってくるはずじゃ…。敵の足止めに失敗した以上、もはやわれらの勝機は、敵本隊の到着よりも先に蘇我砦を落とすこと以外に無い。」
そう言いながら、国綱は半兵衛を見た。半兵衛は黙って小さく頷く。
「これから、総攻撃を仕掛ける。よいか?」
その言葉に一気に空気が張り詰め、各隊の長は力強く頷いた。

 その後、しばらくすると、反乱勢による総攻撃が開始された。砦方は突然の総攻撃に初めのうち押され気味であったが、徐々に統制を取り戻しつつあった。砦といっても、守りに徹すればかなりの守備的効果が得られ、守将はかの佐々木守将である。統制が戻るに連れ、砦方が有利となってきたのである。これではどうしようもなく、午後になると、浜野国綱は全軍に一度攻撃の停止を伝え、とりあえず戦いは収束した。
 浜野国綱は本陣に諸将を集めた。無論集まった部隊の長は総攻撃の前よりも少ない。
「もはやこれまでか…。」
国綱はそう呟いた。諸将はそれに答える力すらない。その中で一人が言い放った。
「いいや。まだでござる!」
木枯紋次郎である。紋次郎は続ける。
「砦の中では、不本意ながらも北条方に与している国人衆もいるはずでござる!砦の外よりその者達に蜂起を促がし、開門を迫り、我軍が突入すれば勝機はわれらにある!!」
それを聞いていた半兵衛が言った。
「紋次郎殿。もはやそれも叶うまい。砦方は我等を撃退した。これで、幾度と我等を追い返せることを知ったであろう。しかも、恐らく明日午後には太田康資率いる本隊も到着しよう。さすれば、われらは全滅の危機にもなり兼ねん。」
「いいや!それがしはやる。御免!!」
そう言い放つと木枯紋次郎は本陣を出て行った。その後も他の将は本陣に残ったが、特に論議がなされたのでもなく、脱力感に襲われながら、ただただ項垂れていた。
 しばらくすると、本陣外、砦の方向から紋次郎の声が高々と聞こえてきた。

 蘇我砦の正面門の表では、木枯紋次郎が愛馬にまたがり大声で砦内に呼びかけていた。
「砦内の上総の国人衆よ!この砦がある限り、上総の国は北条に付け狙われることとなる!!おぬしらの上総を北条如きに取り上げられて良いのか!!今こそ、われらと共に砦を奪取し、北条家臣・太田康資を追い払おうではないか!!」
紋次郎の呼び声に、砦内からの反応はまったく無い。しかし、紋次郎は休むことなく叫び続けた。その様子を半兵衛を初めとする諸部隊の長が『無茶なことを…』という面持ちで見守っている。

 既に日も傾き初めるまで、幾度となく木枯党の武者達や半兵衛等が紋次郎を止めに入っても、紋次郎は訴えを止めることはなかった。紋次郎は潰れて出なくなりつつある声を無理に引き絞り叫び続けていた。紋次郎の体力の限界を見てとった国綱をはじめとする諸将が、紋次郎に集まり始めたその時である。
「ギャー!」
と、砦の門の内側がにわかに騒然とした。皆が外から見守る中。更に男の悲痛な叫びが響き渡った。
「……。」
そして、僅かな沈黙の後、ギギギギ…。と、門が開いたのである。
「!!!!!!!!」
諸将は目を見張った。門が開き、数人の武者が出てくる。門内では何人かが開門を守るために戦っているようだ。
そして、出てきた中の一人が叫んだ。
「上総の浪士・仁民慶征(にたみのぶまさ)!木枯紋次郎殿に感じ入り、同調した者と共に開門した次第!!」
それを聞き、国綱は諸将に尋ねるように言った。
「信用しても良いのか?!」
すかさず、半兵衛は応える。
「今となっては信用するしかございません。もし敵の策としても、なだれ込んでしまえば勝機があるやも知れませぬ。国綱殿、今一度全軍に突撃の合図を!」
その言葉に国綱は刀を抜き放ち、これまでに無い覇気を込めて叫んだ。
「全軍!蘇我砦に突撃じゃああああ!!!!」
そう言いながら、国綱は突進を始める。その武者ぶりに驚きながらも、紋次郎を始め半兵衛ら諸将、そしてほぼ全ての兵達が砦の門や壁に向かって走り出した。
「おおおおおおおおー!!!!!!!」
砦方がこの一件で戦意を削がれたのは言うまでもない。砦方の兵は次々と反乱勢の刀の錆となっていった。
それだけではなく、砦内では既に仁民慶征に同調するもの、更には砦方不利と見て裏切るものが続出し、乱戦状態であった。蘇我砦の門が開かれてから僅かな時間で、砦の内郭のみがまさしく最後の砦となったのである。



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