「大刑」第一話 刑部少輔@たか先生作

 この北陸――越前敦賀に、新しい御領主様が参られたのは、天正十七年(西暦一五八九年)初冬の事でございました。
 時は関白太政大臣豊臣秀吉殿下の頃で、元々その御近習であらせれたお屋形様が、長年の功により敦賀の地を与えられたのでございます。
 私事でございますが、その頃私もまだ十七の、何も知らぬほんの小娘でございました。名は千代と申します。私の家は武士とは申せその端くれで、百姓町人とほとんど違わぬ暮しをしておりました。実際わが父は、平常は家の裏の畑で野良仕事をし、ひとたび事があればそのまま畦道から槍を抱えて御主君の元へ馳せて行く、という風でございました。町で上士などととすれ違いますと、「この郷士風情が」などと馬鹿にされたものでございます。そんな有り様ですから家はひどく貧乏で、私も幼い頃から家の手伝い・野良仕事などをしつつ育ちましたゆえろくな習い事も受けておらず、こうして皆様に申し上げる言葉遣いも奇妙に思われる所があるかと存じますが、どうかお笑いにならないよう御願い申し上げます。
 さて、新しい御領主様が参られるというのは、私の身にも大きな変化をもたらしました。と申しますのも、その新しいお屋形様が身の回りの世話をする者を探している、というお話が私の元に来たからでございます。
 これは非常に名誉であるだけでなく、実利的な面でも有り難いお話でございました。最前申し上げました通り、私の家は非常な貧乏でしたから、たかが女中のお扶持といえど馬鹿にできなかったのでございます。
 本来なら喜び勇み、一も二もなくお受けする所でございますが、私も家族も迷いました。それはこの様ないい話が、なぜ私の様な者の所に来たか、という事とも関係のある事でございました。
 本当なら、こんな話が私ごとき郷士風情の娘の元へ来るはずがございません。初めに話の来た上士の家はことごとく、理由をつけて暗に断ってしまったのでございます。
 それはお屋形様がまだ参られる以前から、この地に静かに、しかし火のごとく広がったある噂のせいでございました。その噂とは、新しいお屋形様は「物の怪」だ、というものでございました――。
 一説には、全身が膿み爛れ人とは思えぬ面相で、夜な夜な町を徘徊し人を斬ってはその生き血をすする、と言うのでございます。これでは娘を差し出そうという者はありますまい。
 ――しかし結局私は行く事にいたしました。やはりお扶持が魅力だったせいもありますし、まさかお屋形様ともあろうお方が物の怪などであろう筈がないと思ったのでございます。
 そのお屋形様とは、大谷刑部少輔吉継様と仰せられるお方でございました。
 北国では冬の訪れが早うございます。まだ師走の声も聞かぬのに、その日も雪のちらつく寒い日でございました。その日というのは私がお城に上がる日で、家族とは門前で別れただ父一人に付き添われてお城まで参ったのでございますが、道中どんよりと曇った、その水っぽい雪を降らせる空を見上げて、何か私の前途を暗示している様なそんな不安をふと感じたのを覚えております。
 父は城の一室で御家老様の一人に挨拶を済ませると、私を残し早々に戻って行きました。郷士にすぎない父にとっては、お城はあまり居心地の良くない場所の様でございました。
 私も御同様で――。はっきり申せば緊張と不安で、こんな所に来てしまった事を後悔し始めていました。
 うつむいて座りもじもじとしている私に、その御家老様――前田様と申される方でした――は、
「では、殿にお目通りを――」
 と言われました。
 その瞬間、思わず私は身体をびくりと震わせてしまいました。どうしてそんなに動揺してしまったのでございましょう。いえ、そんなみっともない真似をするつもりはなかったのでございます。私はただ、身の回りのお世話をするという、ごく簡単な御奉公をするためだけに参ったのでございますから。しかし当時の私はまだ世間に接した事もない娘で、お屋形様にお目通り願うというだけでも、思わず身体が震えて来てしまったのでございます。
 それに――。どんなにまさかと心の中で打ち消してみても、
(物の怪殿……)
 という評判に対する恐れがどこかにあったのも、また本当でございました。
 前田様は、ごく気さくな方でございました。御家老様とは申せまだお若く見受けられ、優しいお顔立ちながら背筋をぴんと張る立ち振舞いが、凛とした印象の方でございました。
 前田様は自ら案内して下さり、長い廊下を御一緒に歩くうち、短いながら二三お言葉を掛けて下さいました。多分私があまりに身を固くしているのを見て憐れに思い、お気を使って下されたのでございましょう。それで私もやや平静を取り戻す事ができたのでございます。
 やがて廊下が突き当たり、私共は大襖の前にたどり着きました。黒く沈んだ色調の中に所々金箔の浮き出た襖絵が描かれてございました。すでに陽が落ち廊下も薄暗く沈んでおりましたゆえ何が描かれているのかも分かりませんでしたが、ただその見上げるばかりな大きさと暗い絵柄が、その中に何か凶々しい物が閉じ込められている様な、そんな奇妙な心持ちにさせた事は確かでございます。
 再び落ち着かなくなった私を尻目に、前田様は黙ってその襖を開かれました。私は前田様の後につき、室内に足を踏み入れました――。
 部屋の中は廊下よりは明るうございましたが、それでもどこか陰気な感じがいたしました。部屋の四隅に行灯が置かれている様で、そこからもれて来る光が揺れながら室内を照らしてございます。また、どこかに香炉が置かれているのか、うっすらと部屋全体にその香気が漂っておりました。
 もっともこんな事は後から思い返した事で、その時の私に、ゆっくり室内を観察する余裕などございませんでした。私はただうつむいて畳を見詰めつつ、高鳴る胸の鼓動を必死に抑えようとするのに精一杯だったのでございます。
 やがて部屋の隅に前田様と共に座りますと、前田様が、
「殿――。こちらが今日よりお使え致しまする女中にございます」
 と申されました。どうやらその先、はるか上座に、一人の御方が座って居られる様でございました。無論それがこの城のお屋形様、吉継様であらせられるのでしょう。
 とは申せ私はうつむくのみでしたので、まだそのお姿を見た訳ではございません。ただそこから発せられる気配が、私を圧倒いたしておりました。
 その時でございます。
「面を上げよ」
 という声が上座より響いたのでございます。低く嗄れた、まるで山中に響き渡る颪風の様でございました。後から思えば吉継様はそんなに大きな声を出される方ではないのでございますが、その時の私にはそう思えたのでございます。
 私は静かに面を上げました。薄暗さからよく見えなかったのでございますが、徐々にそのお姿がはっきりと分かって来た時、思わず小さく、
「あっ!」
 と叫んでおりました。胸の鼓動がばくばくと急激に高まり、そのせいか血の気が引いてふらっと気が遠くなる心地がいたしました。
 こんな事は申すも恐れ多い事ながら、私の頭には、
(物の怪殿!)
 という言葉が去来しておりました――。
 一段高く上座に座られたその御方は、何と真っ白な顔をされておりました。いえ、顔色ではなく、文字通り光るほど白いのです。  私は、
(何だろう……)
 と思い、吉継様のお顔をまっすぐにじっと見詰めてしまいました。失礼になる、とも思わなかったのは、それ程当時の私は幼く、好奇心が旺盛だったのでございましょう。
 その白さの訳はすぐ分かりました。何と吉継様は、晒しの布を顔中にぐるぐると巻かれていたのでございます。無論どの様なお顔をされているのか、表情をされているのか全く分かりません。しかし私が恐ろしかったのは、その目でございました。ただ顔中でその双眼のみが、唯一布が巻かれていず露出している場所でございました。それだけにまるでその目がこちらに飛び込んで来る様に思えたのでございます。
 その目はかっと見開かれ、全体が赤く充血した様に濁っておりました。とても人の目とは思えず、その目がぎょろりと動き睨む様にこちらを見た時、恥ずかしい事ながら気が遠くなって行ってしまったのでございます。
「名は……、何と申す?」
 その時また嗄れた声が響きました。それで私ははっと気を取り戻しました。もしこの時もう少し沈黙が続いていましたならば、私は本当に気を失っていたでございましょう。
「ち、千代と申します!」
 私は畳に額を擦らんばかりに畏まり、思わず声を励ましてそう申し上げました。しばらくの沈黙の後、
「よい。下がれ」
 との仰せがあり、私はその部屋を後にいたしました。
 後で部屋で一人で冷静に考えてみますと、あまりに無礼な振る舞いをしてしまったと顔を青ざめさせたものでございますが、その事に対する叱責はその時も、またその後も何もございませんでした。



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