『天正電波系』 司馬ごくたろう先生作

「稲妻波(いなずまなみ)」私はそう名付けた。
私の耳元でささやくあの声をである。
なぜ「稲妻波」と名付けたのか?電波の意味は?
それは解らぬ。
今、「稲妻波」と名付けたと言ったが、本当は「稲妻波」自体が自分は「稲妻波」だと名乗ったからだ。
いつからだろう。
「稲妻波」が聞こえるようになったのは。
それは母のようであり友のようであり父でもあった。
優しく、そして厳しく、時には悲しそうに私の耳にささやいた。

「稲妻波」は間違ったことは言わない。
いつも正しい事を指示してきた。
思い悩んだ時や、帰路に立って迷ったとき。
いつも「稲妻波」は正しい道を諭してきてくれた。
「稲妻波」の声に従い旅をして「稲妻波」に従い主をみつけ、あた主のもとを離れた。
身元の定かではない私はいつの間にか将軍家にも拝謁できる様になっていた。
これもあの「稲妻波」のおかげなのだろう。
私は「稲妻波」のささやきに従い見る見る出世していった。

私は日の本最強の織田軍団の近畿方面軍を預かる大長官の地位まで登り詰めた。
ある日、私はその近畿方面軍を預かる大長官の地位を剥奪された。
何故だ。何故なのだ。
今までは全てうまく行っていた。順風満帆に事が進んできた。
山陰方面軍を預かる大長官の地位と交替するのだというのが日の本最強の織田軍団の総司令官たる信長様のご指示である。
しかし何故だか納得できない。理解できないのである。

そんな時、またあの声が聞こえた。
「稲妻波」のささやきである。
『大変な事となった。もう既に信長様は死んでいる。』
なんということだ。信長様がもう死んでいる。それはどういうことなのだ。
『ばてれん星の侵略者の手に依って暗殺されたのだ。』
「稲妻波」はさらに続けた。
『お前が見ている信長様は、もう本当の信長様ではない。
ばてれん星の技匠に依って造られた「からくり信長」だ。』
『本当だ。あの声をよく聞いて見よ。あの甲高い声を。
武士らしくなくのっぺりとした顔。髭も蓄えず。日の本の仏の道をも滅ぼそうとする。』
『何もかも人間らしくないのが何よりの証拠であろう。』
『一度、頸の後、襟に隠れた所を見てみるがいい。人とは違った世にも恐ろしい物を見るであろう。』
そうだったのか。
だから信長様はいつもふんぞり返るように背を伸ばして座り、後襟を覗かれないようにしていたのだ。
どうすればいい?
私はこの状況をどうすればいい?
皆は気が付いていないのか?
目の前にいる信長様が信長様ではなく、「からくり信長」であることを。
確かめねば。
そうだ。乱丸殿ならば信長様の後襟を覗けるかもしれない。
『だめだ。乱丸も既に乱丸ではない。アレも「からくり乱丸」だ。』
そうか。だからあれほど二人は気が合っていたのか。
このありさまでは小姓達近習も信用できないかもしれない。
誰かに相談しよう。
信頼できる男、「からくり信長」を討つことができる男。
柴田殿はどうか?
『柴田もだめだ。アレも「からくり柴田」だ。』
なんと!では丹羽殿。
『だめだ。アレも「からくり丹羽」だ。』
まさか城介殿まで?
『もちろん「からくり信忠」だ。』
どうすればいいのだ。
仕方がない。
誰にも相談できない。
私がやるのだ。
私一人で、いまわしい「からくり信長」を排除するのだ。

天正十年六月二日、明智光秀は突如として本能寺・二条御所を襲撃。
織田信長信忠親子を討った。
光秀は事後になって事の顛末を親友細川藤孝に書状に綴り援助を依頼した。
光秀は信長が実は「からくり信長」であること。それが「ばてれん星人」の陰謀であること。
その事実を「稲妻波」と名付けた電波によって知ったこと等々。すべてありのままに知らせた。
だが藤孝はその内容の凄まじさに戦慄し堅く門を閉ざし救援の求めをはねつけたという。

                                      (完)



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