講釈三郎物語(3) 『御威光に恐れ立ちとゞまり』  司馬ごくたろう先生作

私、決心致しました。
そう。
決断したのでございます。
三郎殿を討ち取ります。

いや。
そんなことはできません。

そんなことを言っているのは、私の弟の美作でございます。
そんなことはさせません。
そんなことをしてはなりません。
だから私、立ち上がったのです。
三郎殿には当主の座を降りていただくのです。
放っておいたら、美作は本当に三郎殿の首級を取りかねません。

確かに三郎殿の悪癖は目にあまるものがございます。
横着な振る舞い、いたずらっ子、すぐ新しいものを欲しがるだだっ子。
三郎殿が当主では不安だと騒ぐ者共も家中にはたくさん存在いたします。
それに私自身、ちょっとムカツクこともございます。
だからと言って、三郎殿を、あの三郎殿を討ち取るなどとは!

私、密かに那古屋城に隠し部屋を作りましたのでございます。
いかなる理由であろうと一度主と仰いだ殿のお命をちょうだいするなどという恐ろしきことは天道ゆるされまじきことでござる。
なんと言ってもわれらが新しき主と仰ぐ勘十郎様の御兄君でいらっしゃいます。
御首級のお姿となっては土田御前様もお嘆きあそばされてしまうのでは。
そう、美作を諫めてきたばかりでございます。
そして三郎様には御隠居していただき、この隠し部屋へ生涯幽閉するということで決着がついたのでございます。
そうなれば。
ううううう・・・・。
そうなれば、三郎殿とは同じ屋根の下。
ううううう・・・・。
生涯、私めの手の内の中。
ううううう、うれしい。 (ぽっ。)

い、いや。
そういう訳ではございません。
ち、違います。
違います。
さ、さ、三郎殿を、お、お、お救いする為にございます。


実は、今まさに三郎殿は私め佐渡のもとに連れてこられようとしているのです。
待ち遠しいのです。
え? なぜ三郎殿がここへ連れてこられるのかって?
今まで何を聞いていたのですか!
先程ご説明申し上げたではございませぬか。
聞いていなかったのですか?
三郎殿は勘十郎様を主と仰ぐわれらの蜂起軍との戦にうち破られて、首級を刎ねられようとするのを私佐渡の一言でお救い申し上げるのですよ。
何故そうなるかって?
ああ。 そうでしたね。
その辺の話をまでしておりませんでしたな。
失敬、失敬。

先日、勘十郎様の家臣、津々木蔵人が三郎殿の御領地篠木の庄を横領したのでございます。
これで庄内の川東の大半は勘十郎様と勘十郎様の支援の者共の支配することとなりました。
三郎殿の采配地が東西に分かれたのでございます。
事実上、われらが蜂起したのでございます。
もちろん、三郎殿はお怒り召されたのでございます。
しかし三郎殿は冷静でございました。
頭に血が上ったまま遮二無二攻めてきたならば岩倉城の伊勢守どのとの示し合わせ通り挟撃する手筈でございましたが、あてがはずれました。
さすがは、われらが三郎殿・・・い、いや。
今はわれらのではございませぬ。
に、に、に、に、憎き、さ、さ、さ・・・。
どうもいけません。
そんな事は私には言えそうにありません。
きっと、たとえ敵味方に分かれても心が通じおうておるからでしょうか。
とにかく三郎殿は迂闊に討って出ることなく、まずは庄内の川に近い佐々内蔵助に川東の名塚の砦を占拠させたのでございます。
そうして、内蔵助と佐久間大学を守将に置かれたのでございます。
ちなみにこの内蔵助と大学は共に勘十郎様を主に抱かんと一度は誓った仲なのに、今はこうして三郎殿にお味方しているのでございます。
全く、許し難い連中なのでございます。
まして大学は今は亡き先代様つまり備後守信秀様直々に勘十郎様に付けられた宿老(おとな)でございます。
にもかかわらず、勘十郎様を裏切ったのでございます。
私佐渡などは備後守信秀様直々に三郎様に付けられた宿老(おとな)にもかかわらず、勘十郎様のお味方をしているというのに。
もう、ぷんぷんなのでございます。

折しも昨日よりの大雨です。
川の水は増水しとてもわたれそうにありません。
まことチャンスでございます。
この水かさではとても川を渡れそうにありません。
つまり名塚を攻めても川西からは救援に来られないのでございます。
川東での三郎殿のお味方は大学のみ。
その大学は名塚に詰めて折るのです。

そして美作は七百ばかりの兵を連れ意気揚々と出ていきました。
さらに勘十郎様からは柴田権六殿を大将に千の兵を従えさせての出陣です。
併せて一千七百。
名塚の砦なんぞ一握りです。

そこへ早馬がかけて参りました。
今朝、三郎様が清洲より出られたとのことでございます。
兵に数はわかりませんが岩倉を警戒して全兵力は出せないでしょう。
とても千は集められますまい。
四百か五百といったところでございましょうか。
美作、権六殿にも伝令を出し、次いで先程申し上げました様に、決してお命を頂戴してはならぬと念押ししておいたのでございます。
そしてつい先程伝令が帰ってまいりました。
戦況は上々。
なんと三郎殿は七百も兵を引き連れていたとのことでございます。
さすがは三郎殿ではございませんか。
でも佐渡は少し心配でございます。
岩倉の伊勢守が兵を挙げたらなんとするのでございましょう。
清洲の守りは大丈夫なのでございましょうか。
そして見事、川を渡られたとのこと。
迂闊でございました。
平の城には未だ佐々孫助が詰めていたようでございます。
あやつは庄内の川の浅瀬は何処にあるかを熟知しているのでございます。
あやつが案内したに違いありません。

でも、それがなんとしたことでしょう。
換えってこちらの好都合ではございませぬか。
三郎様は退却しづらくなったのでございます。
たとえ七百の兵を連れてこようとも、こちらは一千七百でございます。
赤子の手をひねるようなものではございませぬか。
まして三郎殿の兵はたとえ浅瀬といえどこの増水した川を渡ったのでございます。
もうへとへとでございましょう。
案の定、伝令がもたらした報告は、佐々孫助討ち取り、山田治部左衛門討ち取り。
三郎殿の兵は散々討ち取られ残すはあと四、五十人ばかり。

もう時間の問題なのでございます。
ですから、こうして那古屋の櫓で戦勝報告を待っておるのでございます。
もう、決着はついたことでございましょう。
三郎殿がここへ連れてこられるのを、今か、今かと待っているのでございます。

ううううう、うれしい。 (ぽっ。)

お、おっほん。
まだかな。 まだかな。


う~ん。
じっとしていられないな。


にやっ。


えへっ。


ぽっ。


・・・・。


外が騒がしくなりました。
伝令が来た様でございます。
来ました。 来ました。
で、如何に。

・・・・。


な、なんと申された?
美作が討死?
ま、まさか!
まさか・・・まさか・・・みまさか・・・。
なんて言ってる場合じゃありません。
なんと。
美作を討ち取ったのは三郎殿ですとぉ!
橋本十蔵殿も角田新五殿も討死!
権六殿は敗走だと!

どうしたことでございましょう。 
どうしましょう。
どうしましょう。


あわわ・・・。
あわわ・・・。
あわわ・・・。
安房守は喜蔵信時様。 (注・・・講釈三郎物語②『天道おそろしく候』)
なんてこと言ってる場合ではございません。
ああ、外がどんどん騒がしくなります。
落ち着かねばなりません。
落ち着かねばなりません。
佐渡はここ那古屋城の主です。
私が落ち着かねば家臣どもも浮き足だってしまいます。
私が騒ぎを静めねばなりません。
そうだ。
私が表にでなくてはなりません。
この騒ぎを静めなければ。
外に出て、ええ~ぃ!鎮まれぇい!と号令せねば。
誰かある? 誰かある?
誰も来ない。v 仕方がない。
一人で外へ出よう。

その時、佐渡~っ。佐渡~っ。
と、私を呼ぶ声が聞こえたのでございます。
し、し、失敬な! 城主を呼び捨てにするとは。
ここじゃぁ。
私は大きな声で答えてやりました。
すると、ここか!と勢いよく引き戸が開けられたのでございます。
声の主は甲冑に身を包み手には刀を握りしめ仁王立ち。
そう言えば聞き覚えのあるその声。
兜のつばの奥にきらりと光る涼しい目。

さ、さ、さ、さ、三郎殿~っ!


                 (完)



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