三國志VII 奮闘記 14

 

少年は、春風吹きすさぶ林の中をひた走っていた。
その背には丁寧に包んだ、あの壺を負っている。

数刻前…

「私はひと足先に、仲間と浜辺へ向かいます。
 ともに大陸に渡るなら、夜明けまでに参られよ」
高坂と名乗った、少年より何歳か年長の男は言った。
「高坂殿は、何のために海を渡るのですか?」
少年は尋ねた。
「絵画の腕を磨くため。また、大陸は、この島国とは比較にならぬほどの
 素晴らしい文化、建物、美術品などで満ちています。
 私はそれらをこの目で、見てみたいのです」
「そうか。この壺も、もともと大陸の物なんだな」
「さあ、時間がありません。母君を埋葬されたら、浜辺へおいでなさい」

母親の屍を故郷の山に埋葬し終え、海へと急ぐ間に
すっかり夜が更けてしまった。
彼等の出発に間に合わなければ、1人で海を渡るしかない。
また、追手が来るのも時間の問題だった。
この壺が持ち去られたと知れれば、一族はすぐにでも捜索隊を出すだろう。
林は、いつしか桜並木に変わっていた。
風にあおられ、おびただしいほどの桜の花びらが夜空に舞っている。

「いやー!」

静寂を破って少年の耳に聴こえて来たのは、女の悲鳴だった。
少年は思わず足を止めた。

「離して!」
桜をかいくぐり、声のする方に行ってみた。
暗がりの奥の草むらでは、しきりに争う音が聞こえる。
女が、2人の男に襲われている。
男の1人、長身の方は女を羽交い締めにし、
背の低い方の1人はその衣服を引き裂こうとしていた。

少年は、迷った。
このまま走るべきか、女を助けるか。

「女を助ける!」

少年は決意した。
しかし、2人の男相手に、自分が勝てるだろうか。
少年は先頃初陣し、敵将を斬る手柄を立てていた。
しかし、それは多くの味方に加勢してもらったからに他ならない。
「ひとりの女子さえ助けられずして、大陸で生きていけようか!」
少年は、背負った壺を降ろすと、腰に刺した短刀を抜き、男たちに襲い掛かった。

「うおっ!」
女を羽交い締めにしていた長身の男が、少年に気付き、声を上げた。
小柄の男が振り返った。
その時には、少年の短刀は、男の背中に突き刺さっていた。
「はぁぐっ!」
背中を刺された男は悲鳴を上げて膝を突き、地に崩れ落ちた。
「てめぇ、何もんだ!」
長身の男は叫んだ。
少年は無言で、男の背中から短刀を抜き、身構えた。
「その女子を離せ!」
男は、薄ら笑いを浮かべ、
「ふん。何かと思えば、まだガキじゃねえか。
 この女はな、俺様がいただくんだよ」
と言い、女を突き放すと、腰から刀を抜いた。
「これからって時に、とんだ邪魔が入ったぜ」
男は、自信たっぷりに向かって来る。
明らかに見くびっているのがわかった。
少年は遮二無二、突っかかっていった。
自分でもわからないが、何故か勇気が涌いていた。
それは、女の風貌が、死んだ−というより戦乱で殺された−
母親に似ていたからかもしれない。

気が付いた時には、相手の男は首すじから血を吹出して倒れていた。
少年もまた、二の腕に傷を負っていた。
女は、少し離れた所にしゃがみ込み、こちらを見ていた。
恐怖のためか、2人の男が倒れても、何も言おうとしない。
顔にあどけなさの残る、少年より1つか2つ年長と思われる娘であった。
少年は、女に歩み寄った。
「怪我は、ないか」
女の衣服は引き裂かれ、白い足と肩があらわになっている。

少年はふと、抑えがたい衝動にかられ、女を押し倒し組み敷いた。
抵抗はなかった。
女の唇を奪い、その体を貪った。
初めて知る、女の体であった。
桜の花びらがしきりに落ちる中、少年は女を一晩中抱いた。
不思議なことに、女の体はいくら貪っても飽きることがなかった。
 

夜が明けると、少年はようやく身を起こした。
少年は、自分が身に付けていた衣服を女にかけてやると、
そばに転がっている小柄の男の死体から衣服を剥ぎ取り、自分が着た。

「お名を…」
女は、初めて口を開いた。
「狗奴国
( くなのくに)哲坊(てつぼう)
少年は、朝焼けの空の下で名乗った。

女は、狗奴国と聞いて少々驚きの表情を浮かべた。
「もう、行かれるのですか?」
「海を渡るんだ。もうすぐ大陸に行く舟が出る」
哲坊は、迷っていた。
この女をともに連れてゆくべきかどうか。
しかし、危険な船旅の上、女を連れていっては、
他の乗組員の足手まといになりかねない。
仕方なし…。
哲坊は壺を背負うと、その場を立ち去ろうとした。
「待って」
「急いでいる」
「もし…もし、私に子ができたら、名は何とつけましょう」
「すまない。まだ名も境遇も聞いていなかった」
「倭国
(やまとのくに)、真田村の紗弥(さや)と申します」
「あの真田一族の娘?!」
「はい」

…何ということか。
自分は、宿敵である真田一族の女子を抱いてしまったのだ。
しかし、今となってはもう関係のないこと…。
哲坊は、少しの思案ののち、
「男子なら幸村
(ゆきむら)と名付けよ。女子ならそなたに任せる。
 しかし私はもう、この国には戻って来ないだろう。
 時が経ち、もし子が生まれたら、ともに海を渡り、私に会いに来てほしい」
女は黙って頷いた。

浜辺では、すでに出発の準備が終わっていた。
一行は、やや苛立った様子で哲坊の到着を待っていた。
「遅くなりました」
雅昭殿、これで揃いましたな?」
一行の中のひとりが、高坂に向けて云った。
条星殿、すまぬ。では出発しましょうか」
高坂は哲坊が乗船すると、一行に船出を促した。

舟は、8人の乗組員を乗せ、大陸に向けて出航した。
哲坊16才の春であった。



218年-10月

「そういえば昔、こうしてはるかな海の上を渡っていた気がする…」
、呉から大陸北部の楽浪へと向かう船の上で、
海の果てを眺めながらつぶやいた。
中国南部をほぼ統一したわが軍は、続く戦略として、海路北東に向かい、
呂布領の楽浪に進路を定めたのであった。(地図
この作戦には、反対する者も多数あった。

於我(おが)紺碧空(こんぺきくう)諸葛靖(しょかつせい)許西夏(きょせいからは、
先の戦で衰退し徐州に潜む、楚の孫権を討つべきで、
主君である私が本拠地を留守にして海を渡るなどもってのほか、と
断固主張した。
他にも、中央を固める曹操との決戦に望むべきという声も起こり、
わが陣営は旗揚げ以来初の大規模な対立が発生した。

「わが意に反する者は来なくてよい!!」
私は、家臣らの居並ぶ中、拳で机を叩いて口論を制した。
かくして、わが軍中、私について楽浪に向かう意を示した者は、
上総介(かずさのすけ)紋次郎(もんじろう)太郎丸(たろうまる)セバス
そして諸葛靖も、反対こそしていたものの
「わが心は、義兄とともにあり」と、最後には従った。

於我、幽壱(ゆうわん)、紺碧空(こんぺきくう)、許西夏(きょせいかは、
太守の
加礼王(かれいおう)とともに呉に留まることになった。
蔡援紀(さいえんき)は、まだわが軍には完全には服さず、於我が軟禁している。

私は追従組の面子に、水軍指揮官として、程普、韓当、甘寧を、
軍師として馬良を加え、20万の大艦隊を組織し、呉を出航した。
長い船上生活に慣れていない兵も多く、船酔いが多発するなど、
船旅は、決して楽ではなかった。
しかし、私はこの広大な大陸の北の果てに足を踏み入れる決意に燃えていた。

「うわぁぁぁ!!!」
私は、突如激しい恐怖を覚えて、その場に座り込んだ。
「殿!いかがなさいました!?」
上総介、紋次郎らがあわてて支える。
「船!船を止めよ!!沈む!沈むぞお!!」
私は髪を振り乱して叫んだ。
「うあああ…陸!陸に上がれ!」
「哲坊殿!落ち着かれませ!!ここは海の上ですぞ!」
紋次郎ら、家臣らに抑えられ、ようやく平静に戻った私は、思案にくれた。

「海…やはり私はかつて、この海の上を旅した…」
船内の一室にこもり、私は頭を抱えていた。

そうするうち、海のかたに、目指す楽浪が見えてきた。
そして、わが軍の襲来を知ったのか、
呂布軍と見られる数隻の艦隊が迫って来ていた。

びーさる!何故ここに?!」
突如、敵船の舳先に、見覚えのある女将の姿を認めた上総介が叫んだ。
かつて馬騰軍の将としてわが軍と戦ったびーさると再びあいまみえようとは…。
両艦隊は激突した。
敵軍は、びーさる、崔エンが率いる、わずか3万。
まともに当たれば、わが大軍の圧勝と思われた。
しかし、長旅で疲労しきっているわが軍の士気はあがらず、
思わぬ苦戦に陥った。
びーさる軍の兵らは、巧みに船を操り、わが軍を翻弄した。

やがて、上総介が一計を案じた。
「後方の呂布領・襄平が劉備軍の猛攻にさらされ、陥落寸前!」
との偽報を、びーさるの船に流したのである。
びーさるは、その策にまんまとひっかかり、急遽、退却を始めた。
わが軍はそれに乗じて崔エンに攻撃を集中し、これを殲滅。
紋次郎が崔エンを捕らえ、ついに楽浪に上陸した。

楽浪の城は、わが軍を畏れた守備兵らがあっさり開城した。
周囲は北の果てらしく、荒れ果てた土地であった。

私は守備を固め、領民に金を施し、
呂布軍の来襲に備えた。
年は明け、219年の春を迎えていた。

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