三國志VII 奮闘記 外伝4

 

洛陽の東の居酒屋で、幸村(ゆきむら)ら3人を襲った賊は、
セバス雨山らの一味ではないことがわかった。
幸村は、あれから数日間、曹操軍の前線基地・陳留の
夏侯惇(かこうとん)の屋敷に厄介になっていた。
肩の傷も徐々に癒えてきた。
ともに来た諸葛音(しょかつおん)は、陳留太守の荀イクに会いに
夏侯惇の兵とともに城へ出発して行った。
幸村は、夏侯惇に、紫龍(しりゅう)、遁我利(とんがり)の捜索を願い出た。
しかし、居酒屋の焼け跡らしきものは見つかったが、
2人の行方は分からずじまいであった。

曹操領は現在、先に病死した参謀の郭嘉(かくか)の葬儀が
済んだばかりであり、国中が喪に服していた。
加えて、抗争中の劉備軍には敗戦続きで、
兵士らの士気も低下していた。

「今でこそ、劉備めらに好き勝手させておるが、
 来月、わが主君(曹操)御自らが洛陽よりこの陳留に
 ご出馬なされる。その時こそ、一気に劉備を叩いてくれる」
ある夜、夕餉の席で夏侯惇が言った。
この席には、ホウ徳、荒賢(こうけん)、満寵(まんちょう)、楽進(がくしん)
といった武将が同席していた。
幸村は、特別にこの宴の隅に座ることを許されたのである。
「おお!わが君が来られるのですか!」
楽進が興奮気味に言う。
「そのときこそ、わが軍の力が発揮される時ですな。
 劉備め。覚悟をしておけよ」
荒賢も息を荒くした。
夏侯惇が言うには、近頃、急速に勢力を拡大した劉備は、
逃亡中に捕らえた袁術から伝国の玉璽(ぎょくじ)を
奪い取り、「韓」を建国、皇帝を名乗ったのだという。
劉備自身の考えなのか、軍師・諸葛亮の考えなのかは不明だそうだ。

「夏侯惇将軍。あの若者は?」
満寵が幸村を差していった。
「ああ、紹介が遅れたな。あの者は、幸村という異国の少年だ。
 セバスらがちょっかいを出していたところを、保護した。
 若年だが、セバスの手下を1人で5人も斬ったのだぞ」
幸村は立ち上がると、諸将らに礼をした。
「ほほう・・・すると、なかなか腕が立つのだな」
荒賢が驚いた様子でつぶやいた。
「なんでも、呂布に武芸を習ったそうだ」
夏侯惇が言うと、満寵が、
「なんと、呂布に!?」
「ああ。つい、昔を思い出した」
聞けば、夏侯惇は昔、呂布との一騎討ちで左眼を傷つけられ、
あわやという所で味方に救われたのだという。
「呂布・・・やはりまだ生きていたのか」
「ああ、わしもそれを聞いて驚いた。
 気に食わないが、この少年に罪はないからな」
夏侯惇は豪快に笑った。
「将軍。すると、西に行くのはまだ先のようですな」
ホウ徳が夏侯惇に尋ねた。
「ああ・・・」
ホウ徳は、かつて西の馬騰に仕え、哲坊軍とも
戦った経験があるらしい。しかし幸村は、哲坊に会うという
目的は隠しておいた。
「もう長いこと、ご息女には会われていないのでしょう」
満寵がいう。
「言うな。仕方のないことだ。生きているだけでも有難いと思わねばな」
後に聞いた話では、夏侯惇には娘が1人おり、
かつて馬騰軍に[眉β]塢(ビウ)城を奪われた際に
西へ連れ帰られてしまったのだという。
娘の名は伏姫、というそうだ。

幸村は、傷が癒えると、城下町の香香(しゃんしゃん)の屋敷に移り住んだ。
香香は、戦乱や貧困で親を失った子供達を大勢、
屋敷に住まわせていた。
夏侯惇が幸村を連れてゆくと、香香は喜んで幸村を引き取った。
「ここをお使いなさい」
香香は、幸村のために1室を用意してくれた。
幸村は、そこで何人かの少年とともに学問に励んだ。
学問は、香香や満寵が教えていた。

そして、ひと月が過ぎた。
「幸村。武術大会に出てみぬか」
ある日、夏侯惇がやってきて、こう尋ねた。
「武術大会ですか?」
「そうだ。わが軍は何ヶ月かに一度、武芸の腕を競う大会を
 催している。わが隊からは、腕試しにお前を出してみたらどうかと、
 思ってな。楽進と荒賢も出るぞ」
武術大会は、3日後であった。
肩の傷はすっかり癒えていたので、幸村は快諾した。

大会は許昌にて開催された。
これには、曹操自らも観戦に来るとあって、出場者も
各隊から、それぞれ腕自慢の猛者が集められた。
出場者は幸村の他、楽進、許チョ、夏侯淵、荒賢、曹彰、
曹仁、于禁といった一騎当千のつわものたちであった。
各選手には、黒い軍装に着替え、馬と棒を与えられる。
棒の先には白墨が塗ってあり、それが相手の体に
当たれば白墨が黒い軍装につく。
決着がつかない場合、白墨が多くついている方が負けという規定だ。
幸村の一回戦の相手は、于禁(うきん)であった。

「はじめ!」
試合が開始された。
于禁の棒術は、なかなかに巧みであった。
幸村は難敵とみて、まずは懸命にその攻撃を受け流した。
次々と繰り出される突き、払いを、幸村は体に受けることなく
かわし切った。
「はぁ…はぁ…なかなかやるな。しかし、これで終わりだ!」
于禁は、振りかぶると、目にも止まらぬ速さで
連続突きを繰り出してきた。
この攻撃は、たびたび幸村の体をかすめた。
黒い衣服に、白墨が点々とつきはじめる。
このままでは負けになってしまう。
幸村は、于禁が突いてくる瞬間を目掛け、
その利き腕の付け根を狙い、棒を突き出した。
「あっ!」
于禁は、声にならぬ声をあげ、矛先を狂わせた。
その隙に、幸村は于禁の胴を打った。
「勝負あり。一本!」
審判の声が響いた。歓声がわき起こった。
于禁は、悔しそうな顔で幸村を見やると、
とぼとぼと馬を返した。
幸村は汗を拭うと、控えの間に戻り、次の出番を待った。

二回戦の相手は、一回戦で荒賢を破った夏侯淵であった。
幸村は、先制攻撃を仕掛けた。
優勝するためには、1日に三回も勝ちぬかねばならない。
下手に体力を消耗しては、次の試合に響きかねない。
そう考え、この試合は早々に勝負をつけようと考えたのである。
それが、失敗だった。
夏侯淵は必死の形相で、幸村の攻撃をかわしつづけた。
防戦一方と見え、幸村は攻撃を続けた。
しかし、当たらなかった。
夏侯淵は、実は幸村の攻撃をすべて見切っていたのである。
気づいたときには遅かった。
夏侯淵の狙いすました一撃をかろうじて受け止めた幸村であったが、
続けて繰り出された突きが、幸村の胸を打った。
軽い一撃であったが、体勢を崩していた幸村は、
馬上から、そのまま後方に投げ出された。
立ち上がったものの、呆然とする幸村。
「まだ、若いのう」
夏侯淵は、勝ち誇った笑みを浮かべていった。

大会は、一回戦で曹彰、二回戦で許チョ、決勝戦で夏侯淵を下した
曹仁が優勝し、幕を閉じた。
大会後、幸村は香香に呼び止められた。
「よくやりましたね。曹操様がお呼びですよ」
「曹操…様が?」
幸村は、広場の向こうで大会を観戦していた曹操のもとへ
連れていかれた。

「そちが幸村か」
曹操は、痩身で小男だと聞いたが、目の前の玉座に
座ったこの男は、まさに威風堂々、王者の風格を漂わせていた。
確かに小男だが、その眼光は人を射るようで、
「これが、夏侯惇殿らが主君と崇める大将の佇まいか…」と
感じずにはいられなかった。
呂布に感じた威圧感とは、また違うものだ。

「どうした?」
怪訝な顔で訊かれ、幸村はかしこまって
「ははっ。幸村にございます」
と答えた。
その様子に、曹操はフッと笑みを浮かべて言った。
「ははは。わしはこのとおり、人間で化け物ではない。
 ただ少しばかり智謀に長けておるだけじゃ」
曹操は、従者が持つ物を、幸村に渡すように命じた。
剣であった。
「これは…?」
幸村が尋ねると、曹操は
「青[金工](せいこう)の剣じゃ。そちに遣わす。これを励みに、武芸を磨け」
「有難うございます」

屋敷に帰る途中、夏侯惇が馬を並べてきて、
「大変なものを貰ったな!」といった。
「そうなのですか?」
幸村は、剣をまじまじと見た。
柄には丁寧な装飾が施され、抜いてみると、
刃はまるで鏡のように見事な光沢を放っていた。
「わが君は、倚天(いてん)、青[金工](せいこう)の2振りを
 常に側に置いている。
 その1つを、新参者のお主に下されたのだ。
 よほど、お主の技に感心したのだろうな」
「そんなに感心していたようには見えませんでしたが…」
「そういうお方なんだよ」
夏侯惇は笑った。諸将もどっと笑った。

 

…数年が経った。

幸村は濮陽にいた。
この数年、幸村は夏侯惇の一部将として、
劉備軍との戦いに参加していた。
幸村は、各地で戟や槍を振るい、多くの兵を斬った。
曹操が前線に出てきてからというもの、各隊は奮い立ち、
徐々に劉備の猛攻を押し返し始めた。
曹操軍は、立て続けに濮陽、ギョウ、下ヒを劉備軍から奪い返した。
皇帝を僭称した劉備に、各地の民は反発し、また、
勢いを盛り返した袁尚軍が背後を脅かし、劉備軍は次第にその領地を
縮小させていった。(地図
こうなっては、さしもの諸葛孔明も手の打ちようがないらしい。

西では、上庸の劉キが孫策に降伏し、
哲坊が馬騰から漢中を奪取したようだった。
幸村は、しかし、いつしか哲坊に会いに行く目的を忘れてしまっていた。
夏侯惇や夏侯淵、曹仁、荒賢らと武芸の稽古に明け暮れ、
戦場を駆け回ることが無上の喜びとなっていた。
今では、武術大会であっけなく敗北した夏侯淵を相手に、
2本のうち1本はとれるほどの腕前になっていた。
夏侯淵らは、幸村の成長の早さに舌を巻いていた。
今日の戦いでは、北海に押し込められた孫策軍が
劉備軍とともに連合して攻め込んできたのを撃退した。
この戦いで、幸村は敵将・蒋欽(しょうきん)を討ち取り、
武名を高めていた。
幸村は、いつからか、戦場に出るときは赤い鎧兜に身を固めるように
なっていた。幼い頃、武芸を教わった、呂布の愛馬・赤兎の姿を
幸村は脳裏に刻みつけていた。
あのような真紅の馬は、天下に2頭といない。
ならば、せめて装束は赤に、と思ってのことだった。
今では、青[金工](せいこう)の剣を背負う、赤い装束の若武者の姿を
認めただけで、敵兵は畏れおののくようになっていた。

翌日、幸村は平原攻めに参加した。
ここでは、劉備軍の名将・関羽が万全の布陣をしき、
待ち構えていた。
「関雲長これにあり!曹操軍の雑兵共、
 このわしと勝負する者はおらんか!!」
関羽は腰の辺りまで垂れ下がった長髯をしごいて、
曹操軍に呼ばわった。
「見事な武人だ…」
幸村は、その勇姿におもわず溜息をもらした。
その間に、曹操軍から1人の武将が進み出て、
関羽に向かっていった。
「わが名は高覧!字は…」
幸村は、目を疑った。
高覧が最後までしゃべらぬうちに、その首が
中天高く跳ねあがっていたからだ。
「ああっ…!」
兵らの間に動揺が広がった。
次に、卞喜(べんき)という流星槌の使い手が挑んだが、
これも3合と打ち合わずに馬蹄の塵と化した。
「曹操軍には男はいないか!」
こちらを睨みすえ、血塗られた青龍偃月刀を振りかざし、
関羽が叫んでいる。
その声に、曹操軍は音もない。

駆け出していた。
勝てるのかどうかは考えなかった。
ただ、あの男と戦ってみたい。
自分を相手に、あの髯の男がどんな戦いを見せるのか興味があった。
「ほう!若いのに度胸が良いな」
関羽の一撃。
戟で受け止めた。
腕が痺れた。
こんなに力強い一撃は、受けたことがなかった。
似ていた。幼い頃、呂布と稽古した感覚に…。
「それ、どうした!」
2度、3度。
受け止めた。が、押し返せない。
反撃に転ずることができないまま、
幸村は関羽の偃月刀を受けつづけていた。
「幸村!」
見かねた夏侯惇が加勢にきた。
夏侯惇は、関羽めがけて槍を繰りだす。
関羽は、幸村の槍に押し付けていた偃月刀を離すと、
夏侯惇の槍の一撃をはねのけた。
今度は幸村が、夏侯惇に加勢する番だった。
2人の馬が、関羽の馬を挟みこんだ。
同時に武器を繰りだす。しかし、関羽はまだ余裕があるようだった。
幸村の戟を身をそらせてかわすと、夏侯惇の槍を跳ね返し、
反撃に転じた。
「強い…」
幸村は、関羽に勝てぬことを今更ながら悟った。
そこへ、許チョが加勢にきた。
さすがに、夏侯惇、許チョが相手では関羽も分が悪くなったようだった。
「雲長殿、助太刀いたすぞ!」
敵方から、白馬にうちまたがり、白銀の鎧をまとった男が
加勢に来た。
「おお、子龍殿。かたじけない!」

「子龍?…あの趙雲子龍か…!」
劉備軍には、許チョ以上の豪傑が3人いると聞いた。
関羽、張飛、趙雲…。
そのうちの2人が、今ここにいた。
かつて河北を蹂躙した男たちと、この戦場であいまみえようとは…。
趙雲の参戦で、曹操軍からも夏侯淵、曹仁、荒賢らが飛び出し、
乱戦となった。
結局、両軍は一進一退の攻防をつづけ、兵を退いた。

幸村は、世の中にはまだまだ強い男がいるということを
痛感していた。
「いつか、あの人に勝ちたい…」
不思議と、落胆してはいなかった。
次の戦いに備えて、腕を磨くことができるからだ。

そんな折、曹操から呼び出された。
南西の哲坊が、馬騰軍を蹴散らし、長安に迫ったというのだ。
曹操は、ひとまず劉備討伐を中止し、
西の備えを強化する戦略に出たのだった。
「わしとともに、洛陽に行ってくれぬか」
曹操はいった。

数日後、幸村は陣を引き払い、香香、ホウ徳らとともに洛陽に向かった。

幸 村(修行後)  現在の地図

 

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