三國志VII 奮闘記 外伝6

 

ここ数年で、大陸の情勢はめまぐるしく変化していた。
強大な勢力を誇る南方の
哲坊(てつぼう)は、
馬騰の領土をほぼ手中におさめ、涼州を制圧した。
哲坊に追い詰められた馬騰は、弘農に立て篭もったまま動かない。
これでは哲坊も手のくだしようがなく、馬騰攻めを中断し、
南を脅かす孫策軍と対すべく、南下していったという。
そして――河北で呂布が反乱を起こし、瞬く間に旧袁尚領を
制圧してしまったことも、
幸村(ゆきむら)を驚かせた。
そして、曹彰の失策による長安での敗戦の後も、曹操は、
虎視眈々と西方進出の機会をうかがっていた。

曹操から突如、弘農攻めの触れが出されたのは、その夜のことだった。
幸村は、新荘(しんじょう)、香香(しゃんしゃん)とともに、
曹操本隊と合流し、弘農へ駆けた。
今度の戦は曹操自らが指揮をとるとあって、総勢15万の大軍である。

曹操の襲来を知った馬騰軍は、城外へ撃って出てきた。
その数10万。哲坊軍に敗れたとはいえ、その士気は
いささかも乱れていない様子であった。
先鋒は、馬騰軍が徐晃、曹操軍は曹仁であった。
両軍乱戦の中、新荘と幸村は遊撃隊となり、徐晃の側面を突いた。
しかし徐晃はさすがに名将、こちらの動きを察知し、
兵を割いて反撃してきた。
先の戦での戦功を認め、曹操は幸村にも兵を与えていた。
幸村は、配下のうち精鋭を選び、500騎に自分と同じ赤い軍装を着けさせていた。
「徐晃はいずこにありや!」
幸村は、500騎とともに一直線に徐晃隊のど真ん中に突撃した。
見えた。
黒い軍装に身を固め、乱戦の中にあって悠然と大斧を構えている大将。
「うおおおお!」
幸村は、徐晃めがけて突進し、すれちがいざまに戟を払った。
ガツッ!!

「かわされたか!?」
振り返ると、徐晃は斧を構え直してこちらを凝視していた。
そこへ、新荘の大軍が追いつき、徐晃を取り囲んだ。
幸村隊は、そのまま徐晃隊を突破し、馬騰軍奥深くへ斬りこんだ。
500騎は、いまだ一兵も失われてはいない。
次に守るのは、
馬岱、王累であった。
やがて、左翼隊の張コウ(儁乂)、張任が合流してきた。
王累隊は、張コウ隊が力押しに攻めるともろくも崩れたが、
馬岱はさすがに音に聞こえた強者、一歩も引かずに防戦を続けていた。
哲坊軍四天王の1人、
紋次郎(もんじろう)と2度の一騎討ちを繰り広げた話は
曹操軍中にも音に聞こえていた。
幸村は、馬岱に一騎討ちを挑もうと戟を構えたが、それよりも早く、
張任が馬岱に斬りかかっていった。
張任は、蜀郡出身の古豪で、かつて哲坊への仕官を拒んだ過去をもつ。

やがて、前方におびただしいほどの砂塵が舞い上がった。
馬騰本隊が前進して来たのである。
ほどなくして、後方から曹操軍本隊が追いついてきた。
先頭を切って馬騰軍に突っ込んで行くのは、曹操の親衛隊長・許チョ。
幸村隊も、その大軍に歩調を合わせて進軍した。

乱戦の中、主だった大将たちが次々と討たれ、
馬騰軍の戦意は徐々に失われていった。
しかし、馬騰は城へ退くことをせず、潔く自ら槍を奮い、戦いつづけていた。
やがて――
戦い疲れた馬騰が許チョの兵に取り囲まれ、討ち死にした。
全身に槍や刀を浴び、馬にまたがったまま果てた姿は、味方からも
感嘆の声があがった。すると、
「父上!!」
黄金色の鎧をまとった大柄な騎馬武者が、包囲を破って姿をあらわした。
馬騰の息子・馬超である。
「馬超!観念せい!」
許チョが馬超に呼ばわった。
「貴様かぁー!!」
馬超は、父の遺骸を取り囲んでいる兵らを次々と斬り捨てると、
まっしぐらに許チョに突きかかってきた。
馬超と許チョ。両軍一番の猛者が矛を合わせた。
そのすさまじい戦いは一進一退、果てしなく続くかと思われた。
許チョの大薙刀、馬超の長柄の槍は、折れんばかりに激突を繰り返している。

と…突如として砂埃が舞いあがり、許チョの顔にかかった。
許チョはたまらず目をつぶった。
馬超はその一瞬を見逃さなかった。
突き出した槍が、許チョの胴を貫いた。
「グフッ!」
許チョは、大量の血を吐き、胴に刺さっている槍を掴んだ。
馬超は、それを引き抜こうとしたが、抜けない。
「ふっ、さすがは錦馬超…。わが君、お許しくだされ…」
バキッ!!
手に掴んだ馬超の槍を折り、許チョは馬から転げ落ちた。
数々の武勇伝を築き上げた猛将・許チョは死んだ。
馬超は、その見事な死に様に心打たれたか、しばし目を閉じていたが、
やがて折れた槍を投げ捨てると、腰から剣を抜き、
「許チョはわが槍で討ち取った!仇を討ちたい者は相手になるぞ!!」
と呼ばわった。
許チョの強さを神のように崇めていた兵らは、死んだように動かない。

「それがしが相手になる!」
幸村は、戟を側近に預けると、背に負った青コウの剣を抜き、
馬に鞭をくれて馬超に突進した。
「ん!?何者だ!」
馬超は幸村の一撃を受け止めると、尋ねた。
「真田幸村!」

馬超は剣の扱いも見事であった。
「さすがは馬超。許チョ殿を倒しただけのことはある…」
幸村は渾身の力で、馬超に攻撃を加えた。
馬超もまた、必死であった。
「こやつ、若いが許チョ以上の使い手だぞ!」
両者は、剣を合わせたままにじり寄った。

やがて、幸村の馬が焦れ、突如走り去ってしまった。
幸村は支えを失い、また、幸村に体重をかけていた馬超も、
地に叩きつけられた。
だが、互いに剣は離していない。
倒れたときの体勢で、幸村は馬超に馬乗りになられたが、
落ちたときに馬超は足を打ったようで、激痛に顔をゆがめた。
その隙を見逃さず、幸村はつま先を立てて海老のように腹を反らし、
馬超の体勢を崩して脱出に成功した。
立ち上がった両者は再び剣を交えた。
打ち合うこと100余合、勝負は決しない。
しかし、許チョとの戦いの疲れからか、20才ほどの年の違いのせいか、
馬超の額に次第に脂汗がにじみだし、
徐々に幸村が押しはじめた。
ガキンッ!
馬超の一撃を受け止めた幸村は、そのまま剣を押し戻す。
馬超は体勢を崩して後方へ倒れた。
幸村は、馬超の喉元に剣を突きつけた。
しかし、とどめを刺す気にはなれなかった。
今や馬超は力尽き、無抵抗の状態でいるのだ。

「何をしている、幸村殿。早く殺せ」
いつの間にか、近くに来ていた曹仁、張コウが促した。
しかし、幸村はその言葉が耳に入らなかったかのように、
「立たれよ、馬超殿」
と、馬超の喉元から剣を離した。

「甘いぞ、幸村!」
馬超は素早く立ち上がると、地を転がりざま剣を拾い、馬に飛び乗った。
そして、一瞬のうちに大軍をかき分け、何処ともなく逃れていった。
「それ見ろ。戦場では情けは禁物ぞ!」
曹仁は、幸村をなじった。
しかし、幸村は心のうちで、わざと馬超に逃げる余裕を与えてやったのだった。
天下の豪傑を殺してしまうのは、幸村にとって耐えがたいことだった。

戦いは終わった。
馬岱は張任との一騎討ちのさなか、馬騰の討ち死にを知って
槍を地に叩きつけ、張任に降った。
徐晃は配下の兵がすべて討ち死にしてからも単騎奮戦していたが、
新荘、香香の大軍に囲まれ進退きわまって降った。
城にいた軍師の張松、伏姫(ふせひめ)、びーさるらは曹操本隊が捕らえた。
曹操は、伏姫の容貌が美しいのを見て、妾にしようとしたが、
彼女の面影に何かを思い出したらしく、寿春へ送った。
びーさるは、一旦は曹操の妾になることを了承したようだが、
翌日には何処ともなく姿を消してしまった。

曹操は弘農に入ると、宮殿に隠れていた天子を救い出し、保護した。
こうして、曹操は皇帝を得、天下に対して
大義名分を唱えることができる身となったのである。
曹操は馬騰と違い、皇帝をうまく利用し、孫策をけしかけて哲坊を度々攻めさせた。

幸村は、皇帝のことなどはどうでもよかった。
ただ戦に出て強い奴と戦いたいだけだった。
しかし、しばらく戦はなかった。

そのうちに、荒賢(こうけん)が曹操のもとを離れて河北へ向かうと聞いた。
ある日、幸村は荒賢に誘われた。
「どうだ?強さに憧れるなら、俺と一緒に呂布のところへ行って見ぬか?」
幸村は、心が動いた。
また、あの男に会える!
幼き日、自分に武術を仕込んでくれたあの男に!
しかし、幸村の心を引き止めるものがあった。
哲坊である。
呂布に会いに河北へ行ってしまっては、南方にいる哲坊との接触が
難しくなってしまう。
「それがしもいずれ、河北へ参ります。先に行ってください」
幸村がそう答えると、荒賢はフフ、と笑い何もいわずに去っていった。
それと時を同じくして、また事件が起こった。
南皮の太守・張遼が、呂布の動きに呼応し、寝返ったのである。
北方戦線の要・南皮が呂布領と化したのは曹操にとって痛手であった。

南方では、哲坊と孫策が本格的な抗争を始めていた。
始めは孫策軍が優勢であったが、徐々に哲坊軍が勢いを盛り返し、
結局、孫策の城のいくつかは哲坊の手中におさまったようであった。


数ヶ月後、幸村は劉備、孫策軍との戦いに援軍として参加した。
しかし、劉備領である河内攻めは失敗、孫策軍には宛を攻め取られ、
戦いはいずれも曹操軍の敗北に終わってしまった。
だが、幸村はこの2つの戦いで暴れまくり、8人の敵将を斬った。
先ごろ、馬超を見逃したのを後になって同僚にとがめられ、
その自責の念がそうさせたのである。
いや、自責の念だけではない。
幸村に流れる戦闘部族の血が、そうさせているのかもしれなかった。
事実、幸村は戦いの後、戦場での出来事をほとんど覚えていないのであった。
ただ敵兵が恐れおののく中を、500の騎兵とともに突き進んでいること以外は。
しかし、気が付けばそこには無数の敵兵の死骸が転がっていた。
時には命乞いをする敵すらも突き殺していた。

幸村は、自分で自分を操ることが
次第にできなくなっていることに気づいていた。

 

現在の地図を見る    現在の所属勢力一覧

 

 

 

登場武将一覧を見る