武田戦記(三) 義信 うつけゆーろー先生作

「今じゃあ、かかれ、かかれっ!」
その若武者は真っ赤な甲冑に身を包み、青毛の馬で戦場を駆け回りながら命を下していた。
・・・武田家嫡男、太郎義信である。
「敵は退いたぞ!追え、追うのじゃ!」
義信の部隊は敵を撃退、追撃し、次第に信玄本隊から遠ざかっていく。
「若殿、どうかお退き下さりませ!」
側近たちは必死に止めようとするが、この若武者は聞かなかった。
義信、時に23歳、血気盛んな時期である。

信玄は「攻めてはならぬ、守りに徹せよ」と命令していた。義信は信玄の命令を無視したことになる。

「若殿、なりませぬ!お退き下さりませ」
「えぇい、うるさいぞ!目の前で逃げている敵を見捨てておけるものか!」

義信は自分の奮戦を信玄に見てもらいたかった。
嫡男は自分であるということを気付かせたかったのである。
(勝頼め・・・)
信玄は勝頼をかわいがっており、義信が廃嫡されるのではないか、という風聞までたっていたのだ。
(いかん)
信玄は義信の危機に気付いた。
「伝令!義信を退かせよ!」
義信の部隊は上杉軍に包囲されつつあった。
義信は未だにその危機に気付かない。
「義信は退かぬのかっ!」

「若殿、大変でござりまする!」
側近たちは皆、顔色が変わっている。
「ま、周りはすべて上杉の旗にござりまする!」
(なにっ!!)
義信は周りを見て言葉を失った。
(もはや、これまでか・・・)
冷や汗が頬を流れた。
「一ヶ所に集まって突撃せよ!血路を開くのじゃ!!」
おおぅ!
兵たちは異様な喚き声をあげ、義信の周りに固まった。
義信の目には風林火山の旗がうっすらと映っていた。

(義信めが、命令を無視しおって)
信玄は死に物狂いとなっている義信の部隊に目を向けていた。
次々に、義信の側近が討ち死にしたという報告が、信玄の耳に痛々しく飛び込んで来る。
(命は助かったようだな)
義信討ち死にの報せが聞こえなかったことに、信玄は安心した。

「なぜ命令を無視した?」
信玄は戦いの後、義信を呼んでたずねた。
「目の前の敵を見逃すのは得策ではないと思ったからでございまする」
「・・・たわけがっ!!」
信玄は目をむいて大喝した。
「お前の判断でいくつの命を無くしたと思っておるのだ!」
「し、しかし・・・」
「だまれ!もうよいわ」

信玄は我が息子に失望した。
(廃嫡すべきか・・・)
自分がかわいがっている四郎勝頼の利発そうな顔が脳裏をかすめた。



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